2008年02月20日
クロス・ドーム・バシリカの不思議
初めてしりました。
ぜひ一度お目にかかりたいです。
テッサロニキのハギア・ソフィア聖堂の円蓋式バシリカは、これらよりも年代が新しく、8世紀中期に考案された特殊な変形のひとつである。平面は、身廊と側廊を隔てるアーケードが後退し、ドームを支える巨大なピアが強調されているので、ギリシャ十字型に近い身廊をもつ。これはクロス・ドーム・バシリカ(あるいは単にクロス・ドーム)と呼ばれる形式で、この型の教会堂を内接十字型に移行する前段階と考えている研究者もいる(このような形態の漸進論については確証がないため異論もある)。
ニカイア(現イズニク)のコイメシス教会堂は、すでに取り壊されてしまったためその正確な建設時期は不明だが、テッサロニキのハギア・ソフィア聖堂と同じく8世紀初期に建設されたらしい。今世紀はじめの調査によれば、直径6mのドームを頂くクロス・ドーム・バシリカで、身廊と側廊部分は円柱ではなく長方形断面のピアで隔てられていた。
この形式につらなる建築として、6世紀から7世紀にかけて建設されたアンカラのハギオス・クレメンス聖堂(現存せず)、コンスタンティノポリスのカレンデルハネ・ジャーミィがある。
西ヨーロッパでも、バシリカ型とドームを融合した聖堂は建設されているが、ビザンティン建築の歴史的脈絡とは関係がない
ミストラ型
ミストラ型バシリカはバシリカ平面と内接十字平面の混成型で、上層部分は内接十字平面を持っているが、下層はバシリカ平面となっている。ミストラにおいて最初に発見された形式なので、ミストラ型と呼ばれる。内接十字平面の3方向にギャラリーを追加する必要性によって生まれたものであり、バシリカの発展型というよりは、内接十字型の延長線上に位置する。
直接の起原は、740年に開始されたコンスタンティノポリスのアギア・イリニ聖堂の改修工事で、その後、10世紀頃に建設されたパロス島のアギオス・ニコラオス聖堂においても採用された。ミストラの教会建築群においては、10世紀初頭に建設されたブロントキン修道院の中央教会堂パナギア・オディギトリアが内接十字型平面を、ミトロポリス(府主教座教会堂)がバシリカ型平面をそれぞれミストラ型に改修している。15世紀のパンタナサ聖堂は最初からミストラ型として建設された。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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